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彼女の福音
陸 ― 忘れたいもの ―

 

 クリスマスも終わり、僕は実家でこたつの中でうつらうつらとしていた。目の前にはミカンの皮の花が咲いていた。

「も〜、お兄ちゃんったら、ミカンの皮ぐらい片づけてよ」

「これ見終わったらね」

「これって、年末一時間スペシャルでしょ?いつはじまったの?」

「ちょっと前」

 芽衣が頭を抱えた。まったくもうお兄ちゃんは、と呟いているようだが空耳だろう。

 すると、急に聞きなれた電子音が聞こえてきた。

「電話」

「とってきてくれよ。僕はこたつから今出られないから」

「何で?」

「習慣」

 ため息をついて芽衣が部屋を出た。

「平和だね〜」

 誰にともなく呟いてみた。すると

「たたたたたたたた」

「た?」

「大変よお兄ちゃん!」

「どうしたんだ芽衣、もしかして僕へ女の子からの電話かい?ふふふ、僕はモテるからね」

「うん」

 

 え?今なんつった?

 

「電話。女の人」

「え?誰に?」

「お兄ちゃんに」

「うっひょぉおおおおおお!」

 僕はこたつを飛び出て階段のそばにある電話の受話器を取った。

 

 

 

「じゃかんぱ〜いっ」

「乾杯!」

「ちょっと待て」

 岡崎が非常に不機嫌そうな声で言った。

「今、季節は冬の真っただ中で、もうすぐ年末だというのはわかってる」

 杏が頷いた。

「みんな忙しくて会えなかったから、忘年会を開きたいという気持ちはよぉっくわかっている」

 有紀寧ちゃんがほほ笑みながら頷いた。

「つーか俺もみんなに会えて嬉しい。しかし」

 しかし?と渚ちゃんが触角で?マークを作った。

「どうしてそれを俺の狭っ苦しい家でやんなきゃいけないんだっ!」

「まあまあ朋也、いいじゃないの」

「よくないっ!お前におこたを片づけさせられた俺の気持ちがわかるかっ!」

「いいじゃん岡崎、お前だって僕の部屋占拠していただろ」

「お前といっしょくたにするなヘタレ村の住民。というか何でお前がここにいる?ここは人間の里だぞ?降りてきたら猟師に撃たれるぞ?気をつけないと鍋にして食っちまうぞ?」

「僕は熊か何かですかっ」

 くわっと僕は岡崎に向かって食ってかかった。

「熊の方がよっぽど可愛げがあるわいっ!」

「いいじゃないか朋也、私もみんなに会えてうれしいし」

 台所から料理を運びながら智代ちゃんが岡崎に微笑みかけた。途端に勢いが失せる岡崎。

「いや、まあお前がそう言うなら……」

「それとも、迷惑だっただろうか、朋也にとっては?」

 急に表情が陰る智代ちゃん。あ、始まる。

「迷惑っつーか……」

「そうか、そうだな。朋也はいつも疲れてるんだから、年末ぐらいは静かに過ごしたかったんだろう。馬鹿だな私は、そういう朋也のことなど考えもせずに友人に集いの場を提供してしまって……妻失格、と笑ってくれ」

「いやそれは違うぞ」

「私は近所から夫を労れない不心得者、と後ろ指を指されるんだろうな。そして噂は町中に広がり、友人知人はおろか、鷹文からは『うわ、ねぇちゃん最低』と見下され、両親からは『坂上家の名に泥を塗るつもりか!勘当だ』と蹴り出され、私は愛する人すべてを失って痛んだ心とともにこの町を出ていくのだろうな。いや、そうに違いない」

 うわ〜智代ちゃんの妄想、今日も元気だ。

「智代……」

「言うな朋也。心では解っていても、朋也に直接拒否されては、私の心が保たない」

「智代、悪かったよ。俺はなんて心の狭い奴だったんだ。夫として恥ずかしいな、お前の友人もろくに招いてやれないんだ。だけどな、もし今でも遅くないんだったら、俺はここにいるみんなと忘年会をしたいと思ってるんだ。お前と一緒に」

「いいのか?でも、それじゃあ朋也に悪い……」

「いいんだ。俺がやりたいんだよ。俺は智代に笑っていてほしいからな」

「朋也……」

「智代……」

 

「これで自覚があってやっていたんだったら、智代も相当すごいのにねぇ〜……」

 手を取り相互いの瞳を見つめあうバカップルを見ながら、杏が苦笑した。え?あれ意図的じゃなかったの?

「そんなわけないじゃないの。智代ってそんなに器用じゃないわよ?」

「ううう、感動しました……いい話ですっ」

 いや、感動するなって渚ちゃん。ただ単に岡崎と智代ちゃんが二人だけのお花畑を突進中なだけだから。

 

 

 

「しっかし、女の子から電話、って聞いてとってみれば……」

 僕はビールをつい、と飲みながら呟いた。

「あら〜、その口調だとあたしからの電話じゃ不満だったように聞こえるんだけど、そこらへんどうなのかしらね〜、陽平君?」

「どうって…いいえ私が間違ってましたごめんなさいすみません面目ありません」

 ですからその分厚くて重そうな「中国三千年の歴史」、下してくれませんか?

「大体ね、あたしから声がかかっただけでもありがたいと思いなさいよ」

「ははぁ、仰る通りです」

「朋也に任せてたら絶対に呼び忘れられてるわよ、あんた」

「ははぁ!あの」

「何?」

「智代ちゃんからのご招待というのは」

 ぴしり。

「朋也!グラスが割れてるぞ」

「ん?ああ、あれ、何でだろう?」

「手は怪我しなかったか?全くしょうがない奴だな……」

 救急箱を取りに智代ちゃんが席を外した。途端に人を瞬殺できるような眼で岡崎が僕を睨む。

「さっき智代に対して許されざる妄想をしていた奴がいたと思ったんだが、気のせいか、アぁ?」

「気のせいでしょ!もう〜、朋也ったら、智代に手間かけさせたらだめじゃない」

 岡崎が手に包帯を巻かれ、また智代ちゃんとデレモードに入った時、杏がぼそりと呟いた。

「FA?」

「FA。つーか僕はもしかして智代ちゃんと話すことすら許されないのかよ?」

「ま、陽平に基本人権なんてないしね」

「ないんすかっ!」

「そこぉ、何こそこそ話してるんでふか?」

 急に渚ちゃんに怒鳴りつけられる。って、あれ?

「もしかして渚ちゃん、酔ってる?」

「酔ってらんかいまへんよ、春原さん失礼れす」

「いや、あんた酔ってるでしょう……」

「酔ってませんったら!杏さんも春原さんも、飲み足りないんれすね。わかります」

 いや普通そこで句読点入れませんから。

「じゃあのんれくらはい、ってあれ〜、どうしたんでしょう、瓶のお酒がなくなってます」

 どうしたも何も、あんたが飲んだんでしょうが!

「困りましたね、これじゃあお酌がれきませ……」

「風子、参っ上!」

 いきなりどこからともなく風子ちゃんが現れた。手には、酒瓶らしいものを紙で包んで持っていた。

「古河さん、お困りのようですね。ここは風子にお任せ下さいっ」

「いや、あんたまた変なことを……」

「年始年末になると、お酒が足りなくなるのは必然の理。ですから今日は、風子の作ってきたお酒で、楽しんでいってくださいっ!」

 徐に酒瓶の周りの紙を引っぺがす風子。そこには……

「ヒトデ?」

「ヒトデ、よねぇ……」

 透明な液体の中で沈んでいるヒトデが見えた。

「名づけてヒトデ酒ですっ!これを飲めばヒトデパワーが充填されて……はぁぁぁあああああああ」

 トリップし始めちゃった風子ちゃんに、岡崎が何かいたずらをしようとして智代ちゃんに叱られるのを眺めながら、僕はその酒瓶をゆすった。

「これって、つまり蝮酒とかの応用だよね」

「そうよね。どうやってヒトデを酒瓶の中に入れたのかは謎だけど……」

「……ちょっと勘弁したいよね」

「ね」

「らめれすっ!ふうちゃんがしっかりつくってきてくれたんらから、ちゃんとのむのがりりれすにんじょうれすっ!」

 そのまま渚ちゃんはピーナッツが入っていたが空になったお茶碗を二つテーブルから持ってくると、なみなみとお酒を注いで僕と杏にぐい、と突きつけた。

「あの、ね、渚?」

「のみなさい。ぶちょうめいれいれす」

「渚ちゃ〜ん、いいかな」

「だめれす。へたれじゃないんらったら、ここでのんでくらはい」

 茶碗がさらにぐい、っと僕に押し付けられた。

 

 

 

 電車が橋を渡る時のけたたましい音で、僕は目覚めた。

 頭が痛い。視線が定まらない。顔も痛い。手足が、動かない。

「ってえ、何で僕こんな状況に置かれてるんですかねぇえええええ!!」

 気がついたら、僕は布団でぐるぐる巻きに縛られた揚句、橋の下からぶら下がっていた。

「あ、目が覚めた?」

 上から声がするので、首を曲げてそっちを見る。杏と智代ちゃんが橋の上から顔を覗かせていた。

「杏!智代ちゃん!助けて!つーか何で僕こうなってるの?」

「覚えていないのか……?」

 智代ちゃんがすっごく冷たい視線を僕に送った。あれ、僕と岡崎への視線の温度差、これ何?(愛だ。By芳野)

「あのヒトデ酒が原因だったのよねぇ……あんたあれ飲んだの覚えてる?あの後、一発でノックアウトになって、あんたまず智代が女の子かどうかまた確かめようとしたのよ」

「え?嘘」

「嘘なものか……これでも、朋也と一緒になってからも変わったと思ってたんだ……やはり私はいくら頑張ってもただの暴力女で、朋也に似合う花にはなれないんだろうか……」

 ずぅぅううん、と智代ちゃんが例によってバッドトリップを始めた。

「それはともかく、その後有紀寧に手を出そうとして、急に隠れていた須藤とかいう人やら、有紀寧の旦那の田嶋って人やらがあんたボコってここに吊るしたって訳。思い出した?」

「いや全然。でもまあありがとう。で、降ろしてくれるかな?頭に血が昇って」

「そうね。いいわよ?」

「え、本当?やっほーい!杏様さいっこう!!」

「当たり前のことを叫ぶ前に、あんたここから落ちたらどうなるのか、見てみたら?」

 え?と視線を下にやったら……

 そこには通称田嶋組(旧・宮沢組)の紳士諸君と岡崎が、手に手に釘バットや木刀など素敵なアクセサリーを持って待っていてくれてた。

「てめえっ、ゆきねぇに何しやがった!」

「生かしちゃおけねえぞ、おおっ!」

「ぶっ殺してやるぁ」

「俺の智代に何てこと言いやがった、あァ!?」

 高校時代はラグビー部が一番怖かったけど、上には上がいたもんだな、と改めて実感。

「じゃあね、陽平。あんたのことはできるだけ早く忘れることにするわ」

「ちょ、まっ、お願い!」

 ぷつ。

 非情にも僕を吊るしていたロープが切れた。僕は布団でぐるぐる巻きのまま、地面に顔から落ちて……

 

 

 

 その後のことは、はっきり言って忘れたい。

 

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